たかが、22歳のクソガキ かもしれないけれど。「 僭越ながら 申し上げます!」

22歳、Ms.Nobody 👱🏻‍♀️ PenName✏︎ Victoria #ヴィクトリア が見る、 “ 人間性の 未聞の 高み ”

人間は、みんな嫌われたくないと思って生きているんだよ。

 

 

 

 

「 いいか、人間っていうのはな、

みんな 嫌われたくない、好かれたいと思いながら生きているんだよ。

 

気づいてないかもしれないけれど、

お前だってそうなんだよ。」

 

 

あれは、中学1年生の時だっただろうか。

 

当時わたしは

クラスの学級委員長を任されていた。

 

担任の先生は、40代男性、

社会科の担当。

 

ある、クラスで長い間 問題になっていることについて

放課後、担任から 個別指導室に わたし1人呼び出されたことがあった。

 

自分の授業を妨害する者がいる

そして、自分に対してだけ、仕打ちが あまりに酷いと。

 

担任はわたしに、こう言ってきた。

 

そして、

「 なぜお前は、クラスの学級委員長なのに

問題を起こしている奴らに 注意をしないんだ?

 

お前が全部 やれと指示をしているのか? お前が黒幕なのか?」

と、付け加えてきた。

 

 

どうやら学級委員長というのは、

“ 担任の右腕 ” として存在しているべき立場だと確認したかったようで、

 

わたしが その “ 学級委員長 ” としての

存在価値に値しないと伝えたかったようだ。

 

 

当時のわたしは 単純に、

その くだらない授業妨害も くだらない担任に対しての仕打ちにも、

全くと言っていいほど興味がなかった。

 

これと言って授業が好きなわけではなかったし、

受験が近いから 勉強に集中しなければという 緊張感があるわけでもなかったから、

授業が進まないことに 何とも思っていなかった。

 

だからわたしは、特に口を出すでもなく

ただただ 机に肘を付きながら見ているだけだった。

 

 

たしかに、

学級委員長としての正しい姿 ではないことは

当時12歳のわたしでも分かっていたから、

 

感情的になっている担任に、少しだけ同情したのだが

次の瞬間、わたしの耳に衝撃が走った。

 

「 そうだよな〜 お前も人に好かれたいと思って生きているんだよな。

俺だってそうだよ、クラスのみんなに好かれたいと思っているから、強く怒らないんだよ。」

 

わたしは、すぐさま

「 違う。好かれたいなんて思ってない。」と否定したのを覚えている。

 

でも わたしの声をかき消すかのように、

冒頭に書いた、どこかの映画のセリフのような言葉を

わたしに押し付けてきた。

 

わたしには、その自覚が さらさら無かっただけに、

今でも脳の端っこに 古傷として残っている。

 

 

でも あれから10年生きてきて

22歳なりに ありとあらゆる経験をしてきた今、

素直に思うことがある。

 

みんな、どこか 他人に嫌われないように生きているのかもしれない、と。

 

しかしそれと同時に、

感情があり 自分だけの考え、アイデンティティをも持ち合わせているのが わたしたち人間だ、

とも思った。

 

 

 

次のblogに続く。